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大学3年のときに書いた、安吾の『桜の森の満開の下』論。
稚拙だけど、あのと頃の私の精一杯。
読むとちょっと切なくなる。
『桜の森の満開の下』において感じた切なさについて
坂口安吾『桜の森の満開の下』は、昭和二十二年六月『肉体』第一号に発表された作品である。文学作品としては『白痴』と共に安吾文学の最高峰として認められ、奥野健男氏は「坂口安吾入門」(『日本現代文学全集20』昭42.1)で、〈坂口美学を結晶させた〉名作としている。
私はこの作品を読んだとき、切なさを感じた。その切なさとは、痛い類の切なさではなく、強い冷えた風に身体が吹かれ、どんどん身体が透明になるような、淋しさに近い切なさであった。
福田恆存氏は、『坂口安吾選集』(昭23)で〈人間存在そのものの本質につきまとう悲哀〉を追求しようとして、安吾は『桜の森の満開の下』を書くに至ったのだろうと述べている。私の感じた切なさは、この〈人間の本質〉というものに深く関わっているのではないだろうか。
この作品を読んで心に残る切なさは、桜と女の圧倒的な美に巻き込まれていく男の姿に表される。男は女の前で自分を見失う。
目も魂も自然に女の美しさに吸い寄せられて動かなくなってしまいました。けれども男は不安でした。どういう不安だか、なぜ、不安だか、何が、不安だか、彼にはわからぬのです。
そして、この〈不安〉な感じが、桜の森の満開の下を通るときの感じと似ていることに男は気付く。男が不安を感じるのは〈涯のない〉ところに理由があるように思う。男は〈花の下には涯がない〉と感じ、女の美を〈見果てぬ夢に思う〉。桜は毎年変わらず美しく咲き、男を魅入る。また男は、〈女が美しすぎたので、ふと、男を斬り捨て〉たことを皮切りに、女の欲望のままに自分の六人の女房を斬り殺し、山を出て都に移り住み、やがて何十もの首を狩り、女の下に集めるようになる。〈男は女の美しさに無限に絡めとられて行くことに恐怖を感じ〉た。男は美の前で無力になる自分、そしてそれが無限に続くのかもしれないことに〈不安〉を感じたのである。
男は女をおぶって満開の桜の森に近づいたとき、〈この幸福な日に、あの森の花ざかりの下がどれほどのものでしょうか。〉と、怖れを感じていない。なぜなら彼の背には愛する女がいたからだ。彼は〈孤独〉ではなく、よって桜の森によって直面せねばならない〈孤独〉など怖くはなかった。
しかし男は、桜の森の下で女を殺してしまう。〈女が鬼であること〉に気付いたから殺したのだが、私は決して鬼であったわけではないと思う。彼が〈孤独〉でなかったことは、〈孤独〉に向き合う術にはなりえなかったということなのだと思う。
『桜の森の満開の下』の最後、男は女の屍体を抱いて初めて桜の森の満開の下に座ることができた。〈孤独〉になって初めて〈孤独〉と向かい合うことができる。そのことこそが、私が切なさを感じた人間の本質なのではないか。
男は女を殺した後、〈彼の悲しみである〉〈ほのあたたかいふくらみ〉を感じた。人が直面したがらない〈絶対孤独〉に気がついたとき、初めて人は〈ほのあたたかいふくらみ〉を感じることができるのだ。なぜ孤独は人を救うのか。人は生きていく限り、死に向かっている。どれだけ対象を愛したとしても、別れは確実に待ちうけている。それに気付くことで、人は突き放されると同時に、この想いに自分が無限に翻弄されるのではないことを知り、救われる。どんなに恋焦がれたとしても、相手を自分のものにすることは、想いが通じたとしても永遠に叶わないのである。
強く惹きつけられるほどに、想いは許容量を越え、大きな渦に人を巻き込んで行く。女に強く惹かれ、巻き込まれたからこそ、男は女を鬼として殺さねばならなかった。そこに切なさがある。そして、愛でるべき美しい桜に男は向かいあうことができず、美から逃げ出し、逃げ切れずに魅入られ孤独の渦に巻き込まれた。美しい桜は、愛する女を鬼に思わせた。そこにも切なさがある。
安吾は『恋愛論』において〈人生において、人をもっとも慰めるものは何か。苦しみ、悲しみ、せつなさ〉であるとしている。人が生き、自分以外の対象に強く惹かれ、惹かれるほどに苦しむ人間。私が『桜の森の満開の下』で感じた切なさはそこにあり、また、安吾が描こうとした人間の本質につきまとう悲哀であるように感じる。
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